1日目 2/14 成田~ロンドン
僕はここ10年何度も海外に行って歌ってきました。北米南米、アジアが主ですが、ヨーロッパも数は少ないですが行きました。フランス、スペイン、ドイツ、イタリア(サンマリノ)。去年の暮もフランスでした。でも僕はブリティッシュロックが大好きなのです。ビートルズ、フー、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル、クイーン、きりがないです。イギリスに行ってみたいのです。お昼にはフィッシュアンドチップスを食べ、3時にはお茶とスコーンを食べ、アビーロードのスタジオでVOXのアンプを電圧240ボルトで鳴らし、薄暗い地下のライブハウスで歌ってみたい。だけどアニソンの仕事は今のところゼロ。僕にとってイギリスは永遠の片思いなのか。また大病でもして永遠に行けなくなったとしたらたら死んでも死に切れん!
なんてことを冗談半分でよく言っていたのだが、突然寒河江が、事務所で旅行代出すから言ってきてくれと。「え!そりゃ悪いよ」「いやずっと忙しかったから是非」「自分で出すよ」「いい曲書いて帰ってきたらいいから」「書けないかもしれないじゃん」なんてのを繰り返し、結局プレゼントしてもらうことになったのです。
よーしこうなったら一人で行って福山バンドで出来るように渡りつけてくるか!なんとなく人が集まるところへ行って、ストリートでもオープンマイクでもチャレンジして1曲でも歌おうかと。そうすりゃ来年くらいはちっちゃい所で…。最初はそんな思いもありました。しかし日が近づくにつれ、どうしても行っておかなきゃいけない所がどんどん増えていくのです。有名な横断歩道。伝説の地下のライブハウス、アルバムのタイトルになった通り。聖地巡礼です。何十年も前のものなのに、イギリスというのはまだそのまま残っているところが多いのです。調べれば調べるほど、行きたいところは増え続け、渡航直前にはgoogle mapには行きたいところチェックの黄色い星だらけになってしまいました。ということで、2/14~21の8日間イギリスに行ってきました。どうせ一人旅だから、とことんマニアックな旅にしてやります。
青字は当日にTwitterで書いていたものです。
朝の羽田空港だよ。仕事じゃないから気楽だよ。でも2時間遅れ。天気がいいなあ。
鼻から麺!出発までまだまだ時間あるので、つけ麺だ。東京駅だと並ばなければいけない六厘舎けど、ここならすぐ食べれるのだよ。最後の日本食。この写真を1人で撮っているバカバカしさ。2時間も遅れりゃ暇だし腹も減ります。
そろそろ出発。 さて俺はどこへ行くのでしょうか? 久々の一人旅。 寒い日本脱出だぜ!
冬のイギリスですから防寒対策もそれなりにしてっいたんですが。予想に反して暖かかったんです。
2日目 2/14 ロンドン
日付変更線またぐので同じ日に逆戻りです。ヒースロー空港到着。まずはツイッターで書き込みを…?イギリスで使えるように準備していたのになぜ繋がらない!言うとおりにやってるはずなんだが。どうせ俺がどこかで間違ってるんだろうけどさ。とりあえず遅れているので先へ急ぐ。
旅行会社の案内では、空港からホテルまではシャトルで送ってくれる予定。出口で僕の名前を書いたカードを掲げて待っていてくれる運転手さんがいるはず。しかし指定の場所に僕の名前は無し。飛行機が遅れたからなんだろうか?しばらく探し続けるも見つからず。初っ端からから途方に暮れるとは。ネットはつながらないし、勝手にホテルに行くわけにもいかないし。同じ旅行会社の日本人の日本人コンダクターが、他の旅行者を待っていたようなので、聞いてみると「もし会えなかったら一緒に乗ってください」と言ってくれた。ありがとうございます!とりあえずほっとする。電話はつながっていたので、ロンドンの旅行会社に電話してみると、日本人が対応!今から急いで迎えに行かせると。
到着1時間後ついに迎えに来た運転手さん。とりあえず助かった。車に乗り込んで、次に電話会社に電話して、言うとおりにスマホを再起動。やっとつながった。ほっとして窓を見れば外はイギリスの景色ではないか。やっと実感ロンドンだぜー。道すがら運転手さんは俺にロンドンの名所をいろいろ教えてくれた。マダムタッソーの蝋人形館は絶対行くべきだと!あ、知ってる知ってる!行ってみたいなあ。運転手さんポルトガル人のようで、話す英語がなんとなく英語っぽくない (笑)。俺が覚えてるポルトガル語を全部言ったら喜んでくれたよ。半分くらいは理解できたかなあ。
1時間くらい乗ってホテルに到着!プレジデントホテル President Hotel 56 Guilford St London
予約表見せてチェックイン。やっと部屋にたどり着く。実はロンドン最初の写真がじつはこれ。
鼻かもうとロールペーパーに触ったとたん落下。なんで斜めについてんだ!そもそも設置場所が間違っとる!
一人で大笑いしながら撮ったが、イギリス最初のツイートがこれでは情けなさすぎるので保留にしておく!トイレットペーパーは予備があったからよかったよ。
飛行機遅延と、初日はすっかり夕方になってしまった。とりあえず少しでも日があるうちに歩いて、行けるとこから名所潰していこう!大英博物館は歩いてすぐのところなんだが、もう5時だし、しっかり見たいので、雨の日のためにとっておくことにする。
一応アニメ歌手ではあるので、「ロンドン アニメショップ」でググってみたが、ロンドンにはほとんどなし。最初に行ったのが通りがかりのSFとアニメが一緒になったようなお店。アドベンチャータイムのグッズがそろってて、つい買っちゃうとこだった。。179 Shaftesbury Ave, London
たそがれのロンドンタウン。Palace Theatre
あ、ハリポタのミュージカルやってる。あたり一面劇場ばかり。さすがシェークスピアの国だよなあ。
ロンドンの楽器店街デンマーク・ストリート。日本で言うお茶の水だな。こじんまりとしたお店ばかり。看板だけあって閉店してる店も。どこの国でも通販で買う時代なんだろう。並んでいるのは売れているからだろうか、売れ筋は国によって違う。なぜかグレッチ多し!老舗のアメリカのギター・メーカーだが、今作ってるのは日本なんだよなあ。新品のギターは今や世界各国ほとんど同じでつまらないが、中古楽器はその国の音楽の歴史が見えるようでじつに面白い。ビザールギターといわれる60年代の安物ギターが多数。日本ではほとんど見ないイタリア製のEKOが多かったな。そしてテスコ、グヤトーンといった日本製も多かった。当時アメリカのギターは高価だったからだろう。
マッカートニー社長のmpl McCartney Productions Limited
ポールさんがいるわけではないが拝んでおきたいよな。夜なのでもう閉まっていた。4月には来日。もちろん行きます。ここのの会社のHPに行くとポールの曲は全部フルで無料で聞けます。太っ腹だなあ。https://mplcommunications.com/home
伝説のトライデントスタジオ。繁華街の裏通りの、車も入らない通りの小さなスタジオで、ビートルズのホワイトアルバムや、ボヘミアン・ラプソディーが録音されてたとはね。搬入が大変そうだ。
Trident Sound Studios 17 St Anne’s Ct, Soho, London
スタジオの外で記念撮影。「悲しき天使」録音時のポールさんとメリーホプキンさんと少女合唱団。
カーナビーストリート
60年代スウィンギング・ロンドンのメッカ。今も昔もロンドンファッションの中心地らしいです。もう少し見ればよかったな。
ロンドンは親切なとこだね。イギリスでジミヘンがイギリスでデビューしたライブハウスと書いてある。ポールとリンダマッカートニーが最初にあったところとも書いてありました。
Bag O’Nails 9 Kingly St Soho, London
有名なリージェント・ストリートです。日本で行ったら銀座みたいなものでしょうか。街並みに圧倒されます。
ジギースターダスト!恥ずかしくて同じポーズは取れませんでした。デヴィッド・ボウイさんも去年なくなってしまいました。リージェント・ストリートの裏通りのオープンテラスの飲み屋街でした。
きたー
角を曲がって3件目。見まごうことないあのビル。3 Savile Row Mayfair, London
多分今日のメインディッシュ、アップル本社跡。今は子供服屋さんだけど。ここの屋上で1969年1月、ビートルズ最後のライブがありました。僕のロックの原点はこのビルの屋上です。
俺と同じように写真を撮っていたビートルズファンに撮ってもらいました。一生の記念になったよ。サンキュー、パーイ。あ!肝心の屋上が欠けているじゃねえか!
グーグルアースで上から見たアップルビル
これが映画の屋上シーン。40年近く前なのにそんなに変わってないですよね。
ビートルズは解散間際、このビルの中に事務所とレコード会社とスタジオを作ります。ドキュメンタリー映画『LET IT BE』はこのビルが舞台です。各メンバーが作曲した曲をギターやピアノ一本でみんなに聞かせて、それを元にみんなで試行錯誤しながらアレンジして仕上げていく過程が描かれています。このビルの地下のスタジオでアルバムを録音し、映画の最後に屋上でゲリラライブをやって締めくくるというドキュメンタリー映画です。中学一年の時にテレビで放映されたのを見て圧倒されました。それまでビートルズのレコードは親戚にもらったり、友達から借りたりしていたのですが、「LET IT BE」見てからしばらくはビートルズ以外ほとんど聞くことはありませんでした。中学3年になるまで、買ったレコードは全部ビートルズ関係。ギターもここから本格的に始めます。以来どんな素晴らしい音楽に触れても、一位はずっとビートルズでした。映画はバンド解散前のギスギスした雰囲気がもろに描かれていて、たぶんそれが理由で『LET IT BE』はDVD化されてないんだと思うのですが、動くビートルズ初体験の俺には何から何までかっこよく見えました。オーバーダビングなしのスタジオライブレコーディング。ベースのポールがギターやピアノを弾く時は、代わりにジョンやジョージがベースを担当する全員のマルチミュージシャンぶり、完成形とは全然違うアレンジ、歌詞、アドリブフレーズ。ミストーンや歌詞間違い意図的にそうしたんだと思ってたなあ。当時はテレビで洋楽ロックの映像なんてほとんど放映してなかったし、ビデオはないので、テレビを録音したテープと、雑誌や本に出ている写真と、あとは残像で勝負でした。集中力はすごかったかも。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm29605814
現在子供服屋さんなので中にも入れます。入り口にはたぶんうるさいファンが来るので、今でもこうやってビートルズ飾ってあるのでしょう。エレベーターで3階までは行けますが、その先、屋上へは行けません。大きならせん階段と豪華な内装。当時から残っていたものかどうかはわかりませんが、勝手に想像したりします。
なんとアップルスタジオ地下室への階段もありました。ここがアップルスタジオ跡。ジョンやジョージがスタジオ入りする場面が映画に出てきます。しかし楽器の搬入はどう考えても大変そうです。中のエレベーターを使うにしても、ピアノとかどうやって入れたんだろう。
この通りはSavile Rowといって、「背広」の語源になったといわれる通りです。道の両側全部アパレル関係で、今でも高級テイラーが多い。割と静かな通りで、こんなとこで演奏するんだから、当然警察は来るよなあ。しかし見かけが49年前とほとんど変わってないのがすごい。
しばらくそのあたりでうろうろしていました。脳内ではもちろんビートルズが流れております。幸せをかみしめておりますが、はた目から見たら危ないおじさんです。7時を知らせる鐘が近くでなっていました。
6 Masons Yard, St James, London
ジョンとヨーコが初めて会ったという「インディカ・ギャラリー」。探すの苦労した割に、「へー」という感じだになってしまった。
ピカデリーサーカス。ロンドン観光の中心でしょう。昼間に来ればよかったな。広場の真ん中にあるエロスの像の周りではダンスチームが踊っておりました。もう少しましな写真が撮れなかったのか。
赤い電話ボックスもロンドン名物なんですね。ほとんど使われなくなったでしょうに、でもまだあちこちにあります。ロンドンらしい風景として頑張って保存してるようです。
だらだら歩いてテムズ川にたどり着きました。観覧車ロンドンアイ、遠くにビッグベンの時計が見えます。テレビや映画でよく見るロンドンの夜景です。こんなところまで連れてきてくれたGooglemapよありがとう。さらにだらだら歩いて9時ホテルに到着。気が付けば4時間も歩いてたのか。晩御飯はホテル前のピザハットで済ませてしまった。ピカデリーサーカスでフィッシュアンドチップス食べておけばよかったなあ。スーパーで水と炭酸水を買って部屋へ。便器の写真をアップ。初日から濃かったなあ。
3日目 2/15 ロンドン~リバプール
ホテルでビッフェ方式の朝食。5ポンドでプレミアムな朝食が食えるとなっていたけど、別に普通でいいので普通の方へ行くと、食べ物はなんと食パンとシリアルだけ。食パンにバター塗ってカフェオレで済ませる。心はもうリバプールなのでコーヒーでとっとと流し込む。8時にチェックアウトして歩きでユーストン駅へ。
朝飯も食べたし、ロンドン2日目行動開始
旅行代理店が用意してくれた予約表をもって窓口へ。クレジットカードで本人照会後チケットを発券。意外と簡単ですな。で、何番線から乗るのだろう?電光掲示板に乗るべきリバプール行きはちゃんとあるものの、ホームが書いてない。しばらく見ていたら、発車10分くらい前にならないとホームが表示されないシステムだとわかる。決まってないのかよ!道理でみんな電光掲示板見上げてるはずだ。すごくめんどくさい!
いろんな人に聞いてやっと乗れた電車。
イギリスの大地を走る高速列車。
羊牧場で羊を追う牧羊犬赤ネロリ
ヴァージントレインという特急で2時間10分、リバプールに向かいます。車中はガラガラ。窓の外は割とすぐに街はなくなり、イギリスの田舎な風景へ。ひたすら羊牧場。たまに牛。そして大きいマージー川を渡るとレンガ長屋が見えてきました。
リバプール、ライムストリート駅に到着。改札がない!
そのまま荷物を引きずって駅前のホテルへ。意外と坂道多いんだな。かなり古風なBritannia Adelphi Hotelへ。チェックインには早いので荷物を預かってもらい、マシューストリートへ一目散。
ビートルズばっかりです。
ああ
Cavern Club 10 Mathew St, Liverpool
ついに来ましたキャバンクラブ。
デビュー前のビートルズが演奏していたライブハウスです。当時の場所は取り壊されて、すぐ横に同じレンガでそっくりに作り直したそうです。ここでビートルズは2年間で292回出演。ほんとに狭い。何百人も入ったなんて考えられない。大体どうしてこんな狭く見にくい所にライブハウス開いたんだろう?他にいくらでもあるだろうに!というくらい狭い。当時はお酒は出していなかったそうです。店が酒の免許持ってなかったらしい。ワイン倉庫を改造した場所なのにねえ。お客も出演者もほとんどが10代だったからちょうどよかったのかも。ロックンロールなんてジャンルができて数年しか経ってない時代。「先輩バンド」なんていない、ビートルズの世代がアメリカのロックをコピーしている最年長くらいだったんでしょう。現在は入場無料。飲み物代だけで見放題です。
いろんな人のサインギターが飾ってあります。クイーン、ギルモア、バッドフィンガー。
キャバーンクラブ、ランチタイム・セッション中。歌もギターも激ウマのそっくりさん。横からも見えるのがすごい。たぶんビートルズなら何でもできるんだろう。無茶なリクエストにもギター1本でうまいことやりくりしていました。キャバーンのステージは1日中誰かが演奏しているようです。CLARK GILMOREという方でした。
キャバーンクラブのステージにあげてもらったりして。
ほんとにうれしいなぁ
ストリートミュージシャンもビートルズやってます。あたり一面ビートルズ関係なのでキャッキャしてしまいますが、話す相手もなく少し寂しくなります。通りの人に話しかけて撮ってもらいます。みんな優しいです。お返しに倍くらい撮ってあげます。
となりの隣が元キャバーンの場所です。なんで変えた?
The Grapes 25 Mathew St, Liverpoo
楽屋代わりに使っていたというパブですね。どこも名所です。
Royal Liver Building Canada Blvd, Liverpool L3 1HU
歩くとすぐリバプール港です。ロイヤル・リバー・ビル。リバプールの象徴でしょう。これは見覚えがあります。映画『イエローサブマリン』の「エリナー・リグビー」に出てくるビルです。この街自体が「海商都市リヴァプール」という世界遺産。最近再開発計画を理由に、危機遺産リストに加えられたようです。
デカすぎだろ!
The Beatles Statue Pier Head, Liverpool L3 1BY
マージー川のフェリーボートとカモメの正面。
The Beatles Story Britannia Vaults, Albert Dock, Liverpool L3 4AD
世界遺産アルバートドックにある、ビートルズストーリーという博物館へ行きます。年代順に並んでいて、よくできています。日本語の音声の解説を聞きながら進んでいきます。初期の楽器は本物ではないけど、同時期のものをけっこうたくさん陳列。当時の安物ギターなのだが、想像以上にしょぼい。
街自体が世界遺産のリバプール。古いものがこんなに残っている街だったとは。リバプールって実は奴隷貿易と産業革命で栄えた街なのです。
イエローサブマリンっぽい観光船
帰り道またキャバーンによってみます。さっきとは違う人がビートルズ弾き語りでやってます。夜なのでみんな酒飲んで相当盛り上がってます。大人も子供も一緒に、俺も一緒に歌って盛りあがったり踊ったりしてみます。演奏はさっきの人の方が良かったけどね。ほかのパブでものぞいてみようかとふらふら街に出ます。
Eleanor Rigby Statue Stanley St, Liverpool L1 6AA
ビートルズの歌にある「エリナー・リグビー」の像だそうです。暗い道にポツンとベンチに腰掛けています。事情を知らなかったら見かけはかなり怖いぞ。一人ぼっちで寂しく死んでいく女性と、誰も救えなかったマッケンジー神父のストーリー。♪Ah look at all the lonely people。なんだか猛烈にさびしくなります。
ストリートミュージシャンも多いし、生演奏パブ多数。アイリッシュ・ミュージックの生演奏パブも多い。アイルランド移民が多い町だからなんだろう。町中に音楽があふれている、音楽と酒の町って感じです。酒飲めないのでホテルに帰ることにします。ちょっと寂しいなあ。♪Ah look at all the lonely peopleが脳内でずっと再生されてます。
リバプールの風景がいっぱい出てくる映画「イエローサブマリン」のエリナーリグビーhttp://www.nicovideo.jp/watch/sm5919402
夜9時ごろ?Britannia Adelphi Hotelにチェックイン。築100年以上の超レトロなホテル。内装や家具が古くて豪華。ちょっと探検して盛り上がる。
部屋で明日の予習です。
マジカル・ミステリー・ツアー・バスという観光バスがあるのです。ビートルズの主な名所に連れて行ってくれて、こんな素晴らしいバスに乗って解説付きで2時間16ポンド(2500円くらいか)映画に出てくるバスそっくりだし。これはなかなかいいなと思いましたが、調べたらちょっとあっさり目なのです。ファブ・フォー・タクシーというビートルズ観光専門タクシーもある。名所を解説付きで回れるという。コースによって値段が違うが1人なので割高だよなあ。110ポンドコース(15000くらい)なんて言うのもある。こってり見たいので、バス、タクシーを乗り継いで自力で行くことにしようか。ほー、レンタサイクルもあるのか。でもかなり坂が多いよなあ。
これが映画に出てくるバス
こっちが観光バス
ビートルズ観光専門のFab Four Taxi
4日目 2/16 リバプール
ホテルのレストランで朝食。ビッフェ方式だが、こっちのホテルはメニューがたくさんあって朝から豪華、満腹。さて、迷っていたがこの際ファブ・フォー・タクシーで行くことにする。本来予約が必要らしいのだが、ホテルのフロントにお願いしてみたら、10時からなら来てくれるって。よっしゃー!コースは3時間をお願いする。(実際は5時間コースになるのだが)
朝のお散歩。タクシーが来るまでの2時間、ホテルの周りを散歩してみます。住宅はみんなこのパターンです。何百年も前からずっと前からこんな感じなんでしょう。
もっててよかった三脚。ジョンの美大とポールの高校の前で。Liverpool Institute for Performing Arts Mount St, Liverpool L1 9HF
ジョンと、ビートルズの初代ベーシストだったスチュアート・サトクリフが通うっていた「リバプール美術大学」とポールとジョージの高校「リバプール・インスティテュート」は隣に並んで建っています。今は一緒になって「リバプール芸術総合大学」というらしいです。「リバプール大聖堂」というイギリスで一番大きい教会の真ん前にあります。ポールの高校はリバプールで一番の進学校だったそうですが、美大のツッパリとバンド始めて不良になって退学です。デビュー前のビートルズって、労働者階級で不良で、というイメージがあるので、全体的にもっと下町っぽいところを勝手に想像していましたが、ヨーロッパで一番でっかい大聖堂の真ん前の、小高い丘の上の、こんな由緒正しそうな学生街で勉強してたんだな。
下町の方も歩いてみます。開発が進んでいますが、レンガのビルを壊して、また同じサイズのレンガのビルを作るのでしょう。
ジャカランダ・クラブ
The Jacaranda 21-23 Slater St, Liverpool L1 4BW
ビートルズが出演していたジャカランダコーヒバー。地下にビートルズが自らペイントした壁がそのまま飾ってあると言うのだが。1階はパブ、2階は中古レコード屋、地下がビートルズが出演していたライブハウスなのですが時間外だったため入れず。これもコーヒバーだから当時は酒出してなかったんでしょうね。
ホテルに戻ってしばらくするとファブ・フォー・タクシー来ました。イギリスのBlack Cabと言われるタクシーにでかでかと「THE BEATLES FAB FOUR TAXI」と書いてあります。FAB FOUR(いかした4人みたいた意味)ってもちろんビートルズのことです。優しそうなおじさんが運転手です。追加で、ここもここも連れて行ってくれるかとお願いしてみたら、全部で80ポンドと言われた。ここまで来てケチってもしょうがないので、全部回ってくれと大人買いする。車内はずっとビートルズが流れている。
さて、英語で説明してくれるのではあるが、半分くらいはわからない。どわはははは。しかし、なんと大きな名所ごとに日本語のA4大の詳しい説明カードも用意してくれている。ほんとにありがたい。本で読んだりしてわかっていることでもあるので、話す言葉もなんとなく理解できる。多分リバプール訛りで、しゃべり方がちょっとビートルズっぽくて感動。生まれも育ち地もリバプールの59歳の方でした。お名前が最後までなんて言ってるのかわからず。とほほほほ。
さっきひとりで散歩してたあたりから回ってくれます。ちゃんと説明してくれるのがうれしいです。
Ye Cracke 13 Rice St, Liverpool L1 9BB
ジョンが学生時代に通っていたパブ。写真を見せてくれますが、60年前と何も変わってないのがすごい。
Liverpool Women’s Hospital Crown St, Liverpool L8 7SS
ジョンの生まれた病院跡。
新婚時代のジョンのフラット。
もともとはマネージャーのブライアンエプスタインが、ボーイフレンドのために借りてた家だそうです。
学校の前にもう一度。そして大聖堂。おっちゃんの説明で、ポールが小学生の頃ここの聖歌隊のオーディションを受けて落ちてしまったといっていました。
タクシーは丘の上の住宅街を進んでい来ます。このあたりは凄く狭そうな長屋が永遠と続きます。人がしばらく入っていない、取り壊し寸前の列もあるみたいです。
ひときわ小さい列の一つがリンゴスターの家。小さくておしゃれでかわいいけど、共同トイレでふろ無し。かなりの貧乏長屋です。
すぐ隣のこの「エンプレス」っていうパブでリンゴのお母さんは働いていたそうです。リンゴのファーストアルバム「センチメンタル・ジャーニー」のジャケットになったかわいい建物です
そこからタクシーで10分くらいだったかなあ。タクシーのBGMが「ペニーレイン」に。キター!おっちゃん泣かせるねえ。住宅街を抜けてペニーレイン通りに入ります。しかし周りは林や公園ばかりで、歌の楽しい雰囲気とは違って、夜はとても一人で歩けないような寂しい長い通り。標識がここにあったらしいのですが、ビートルズが「ペニーレイン」を歌った1967年以来、看板は次々とかっぱらわれまくり、今や絵になってしまいました。とはいえ、ここがあペニーレインです。
さあペニーレインの歌詞に出てくるラウンドアバウト(ロータリー)です。こちらも閑散とした街並み。せめて商店街くらいだとは思ってたんだが、ほんとに田舎のバス停といったたたずまい。ビートルズ町内会。でも歌に出てくる床屋、銀行がまだちゃんと残っているではないか。俺もう半泣きです。ビートルズの「ペニーレイン」のPVの映像にちらっと出てくるのですが、今とそんなに変わらないなあ。ラウンドアバウトの真ん中がレストランになっていて「SGT. PEPPERS BISTRO」だって。つぶれてたけど。
ペニーレインからちょっと入ったところにある、ジョンレノンが生まれた家。オノヨーコ所有らしい。
ペニーレインから数分、ジョージ・ハリスンの家です。タクシーのおっちゃんは近所の子供にあいさつ。そうか、このおっちゃんは毎日ここに来てるんだろうから、顔見知りだよなあ。リンゴの家と同じように、こちらもかなり小さい家です。この住宅事情で4人兄弟の末っ子がギターかき鳴らしてら、かなり迷惑な「住宅街の悪夢」だよな。なんとまだ人が住んでいます。静かに写真撮ってもらいます。もちろんのぞけません。観光地に住むって大変だなあ。
さて今度はポールの家。写真ではわかりにくいけど、ジョージの家より大きいです。両隣は当然誰かが住んでいます。煙突にアンテナがないので、生活してないのがわかりますねえ。こちらはナショナルトラスト管理。バンド内でこの差は何だよ(笑)!労働者階級ではあるけど、庭もあって、ピアノもある。右上がポールの部屋だったそうだ。2人兄弟で自分の部屋があるんだから、まあ立派な家なんだろうなあ。中には入れません。ビートルズの初期のプロモ写真でポールのこの家がたくさん使われていたので、せめて反対側からでも見てみたかったなあ。この家でジョンとたくさん曲作っていたといいます。
突然車内に「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」のイントロが。おっちゃん素晴らしい演出!すると、うっそうとした通りの中に有名なあの真赤な門が突然出てきます。この門の奥にはかつてはストロベリー・フィールドというこんな古いお屋敷が建っていて、当時は孤児院として使われていて、ジョンはよくここに遊びに来ていたという。門柱、門扉にもびっしりと落書き。門扉の細かい造形がとてもおしゃれ。
門の中はこんな感じ
かつてはこんな立派なお屋敷だったみたいだが。
ストロベリー・フィールドからすぐ、ジョン・レノンの家です。幼いころ両親が離婚して母親は育児放棄、おばさん夫婦の住むこの家でジョンは育ちます。4人の中ではいちばん立派な家です。窓にステンドグラス、大きい庭もある。労働者階級の住む家ではないんですね。目の前は中央分離帯のある2車線道路。大きな歩道。高級住宅街です。現在はナショナルトラスト管理ですが、やっぱりテラスハウスになっていて、右半分は今でも人が住んでいます。記憶を頼りに同じかっこをしようと試みますが、ちょっと違ってました。ばかです。
家から見える通りのバス停前で、ジョンの実母が交通事故で亡くなっています。事故現場もちゃんと案内してくれます。こんな大通りですからスピード出てたんでしょうね。
次はジョンとポールが出会ったセント・ピーターズ教会。ここのお祭りで演奏する16歳のジョンのバンド、クォーリー・メンと、それを見ていた15歳のポール。(演奏してた場所は隣の小学校の敷地なので入れない)演奏の後でジョンに紹介されたポールは隣の教会ホールで、ピアノを弾いたり、エディ・コクランの「TWENTY-FLIGHT ROCK」を歌って見せるですが、これがきっかけでバンドに入団することに。正しい歌詞とギターのチューニングを知ってたから加入決定したんだって。ジョンはこの後ポールから、ちゃんとしたギターのチューニングを教わったという。伝説になって映画にもなっているけど、実はかなりレベルの低い話じゃないか(笑)。リバプールの町から10キロも離れた田舎の住宅街の、町内会の、中高生の出し物なんだろうなあ。
教会のお墓にはエリナーリグビーの墓もありました。これを見て作ったわけではないのに、以前から偶然ここにあったといいます。こじつけもここまで行くと凄いです。「Free as a Bird」のビデオにも出てきますね。
タクシーで最後に行ったのはカスバ・コーヒー・クラブ。ビートルズが最初にレギュラーで出演していたライブハウス。ビートルズの初代ドラマー、ピート・ベスト(デビュー直前にクビになってしまう、代わりに入ったのがリンゴスター)の母親が自宅の地下を改造して経営していたライブハウスです。案内人が遅れているというので、タクシーのおっちゃんと近くのお店でコーヒーを飲んで時間つぶし。30分くらいしたら案内人がカギを開けて中に入れてくれた。なんとピートベストの弟ローグさんだという!この日のお客は、ポーランド人の(だったと思う)ビートルマニア夫婦と、ビートルズに全然興味がなさそうな奥さん同伴の人と、英語がわからない俺の5人。案内人のローグさんは常にハイテンション。ものすごく早口でなので、予備知識をもってしても、ほとんど聞き取れませんでした。面白かったのが何度聞いてもBEATLESをビースーズと発音していました。
http://www.petebest.com/casbah-coffee-club.aspx
ピートの母は競馬で大穴を当てて豪邸を購入。地下の石炭倉庫をを自分の息子のためにライブハウスに改装(そうとうなお坊ちゃんだな)。開店に間に合うようにビートルズは内装のペンキ塗りの手伝い。みんなで描いた絵やペイントがそのまま残っている。びっくりしたのはその狭さ。最初の部屋なんてほとんど廊下だよ。もう一つの部屋だって、民間の練習スタジオくらいの大きさ。ステージが高くなってるわけでもないし。ここでビートルズは初めてドラマー入りの本格的なバンドを作り、うまくなっていったというけど、規模としては中高生向けのライブハウスごっこだよ。出演者も客も未成年だから酒は出してないし。伝説のライブハウスがこんなに小さかったなんて思いもしなかった。ビートルズって何となくリバプールの中でうまい人たちが集まって出来たグループだと思ってたけど、(リンゴ・スターだけはデビュー直前に入ったから、まさしくそうなんだけど)最初はペニーレイン近くの先輩後輩で集まった仲良しグループだったんだな。金持ちの子供がメンバーにいると、練習場所に困らないってのはいつでも同じだけど、自宅にライブハウス作っちゃうのってすごい。
Fab Four Taxiに乗って行きたい所はくまなく回れた。地元の人ならではのディープな話、まだまだあるんだな。英語だから半分ぐらいしかわからないのが悔しいけど、ありがとう優しいおっちゃん。おかげで夢が叶ったよ。
リバプール大聖堂の前で下してもらう。イギリスで一番大きい大聖堂、世界でも3番目から5番目の大きさらしい。何をもって大きいかによるんだろうけど(笑)。
パイプオルガンもイギリス最大。日曜に来て演奏聞きたかったな。
シンプルで美しい!100メートルの塔の屋上にも昇れて、リバプールが360度見渡せます。
その後さらに町中をほっつき歩いた後、夜はエンジニアの北村さんおすすめの、日本食レストランで食べたよ。寿司とか刺身食おうと思ったんだけど、メニューにカレー発見、本能が逆らえず注文。もちろんとてもおいしかったです。
5日目 2/17 リバプール~ロンドン
ロンドン行きの特急まで時間があるので、もう一度町を散策。
♪ Ferry Cross the Mersey (ゲイリーとペイスメーカーズのヒット曲。これ大好きなんだよ)いちどは歌いながら乗ってみたかった、マージー河のフェリーボート。誰もいないから歌い放題。
対岸まで渡ってみました。こっちの景色もいいね。しばらくして帰りのフェリーに乗るが、あれ?行き先が違う!元いた場所に帰るんじゃないのかよ!どこいくんだよ!2つくらい別の桟橋に寄った後戻ってきたのでほっとする。
お土産物屋を見て一人盛り上がるが、冷静に考えたら通販で買えるし、何も旅の前半で買わなくても、と思ったら冷めてしまった
。
今ダニーからLINEがあって、 大事なことを思い出した。 俺はこれをやりに来たんだよ。 なあジョン。
壁ジョン成功。
イギリス初フィッシュアンドチップス。ロンドンに戻る電車を待ちながら駅近くのレストランで。イギリスのご飯はまずいなんて言うけど、これはおいしいよ。
さよならリバプール。 ロンドン行き最終列車 に乗りながら最終日のおさらい。(「ロンドン行き最終列車」ELOの曲名です。決して最終ではありません。調子に乗っているだけです)
ロンドン到着!バッグのなかでペットボトル爆発
歩いていたらズボンがびちゃびちゃに。あ、おれ、イギリスでおもらしか?イギリスで買うペットボトルの先がたいていこんな感じになっているので、カバンの中で圧力に負けて爆発します。バッテリーは無事でした。
おとといと同じホテルにチェックイン。いろいろ調べているうちに、ビートルズがデビューしたこ、いつも宿泊していたのがこのホテルだそうです。旅行代理店が選んでくれたホテルなので、何も気が付かなかった。ラッセルスクエア前のプレジデントホテル当時ビートルズは2階に住んでたそうです。俺は3階。そして玄関前の通りは。
泊まっているホテルが名所とは知らなかった。54年たってもほとんど何も変わらないんだな、ロンドン。
BBCライブのジャケットと同じ場所ではないか。街路樹と電話ボックス以外は全く変わってないとは。
ラッセルスクエアでお散歩。実は同じ時期ビートルズはこの公園でたくさん写真を撮っているのだが、目印になるものはもう何にも残ってなかった。今日はすごくあったかい。ロンドンの公園はドックランだ。日本の公園もこうなったらたらいいのに。しばらく眺めていました。
ロンドンな煙突。
ダイエー博物館 変換(笑)
大英博物館に行ってきました。聞きしに勝るとはこの事か。世界中からぶん取って集められた宝物が無料で見放題は凄い!とりあえずかわいいのを。
俺とラムセス。
順路の最後は日本の部屋。最後の最後に、冗談ではなく鉄腕アトムとまんだらけが展示されてました。ロゼッタストーンとまんだらけ!
駆け足で回りました。とりあえず2時間で済ませようと思いましたが、閉館までの4時半見てしまいました。でもまだまだ見足りないですね。
ロンドンの地下鉄に乗ってみることにします。オイスターカードというロンドンのSuicaみたいなカードを、駅の自動販売機で買います。現金で乗るより半額くらい割引になるそうです。なんとなく押していったら買えたのですが、最初に言語を選択するところを見落としてました。日本語選択すればあんなに迷わなくてすんだのに。
6日目 2/18 ロンドン
今日は5ポンド払って朝飯ちゃんと食べる。今日はたくさん歩く予定だからな。
ホテルの前でもう一度撮影してみる。こっちのが似てる。プレジデントホテル President Hotel 56 Guilford St London
さあ今日は念願のアビーロードスタジオへ行くよ!朝早くいけば交通量も少ないだろうし、写真も撮り放題だぜ。3 Abbey Rd, London NW8 9AY
ラッセルスクエア駅から地下鉄に乗って、地下鉄乗り換えてセント・ジョンズ・ウッド駅へ。降りて歩いて5分。見えてきたよ世界一有名な横断歩道!。意外と道幅狭い。しばらくぼーっと眺めてる。実はアビーロードの横断歩道って三叉路だったんだな。横断歩道を渡ると、ビートルズのほとんどの曲がレコーディングされた世界一有名なレコーディングスタジオ「EMIスタジオ」。今は名前も「アビーロード・スタジオ」だ。長く音楽やってきたけれど、「録音する場所なんてどこだっていい。丁寧に作って工夫すればいい音にはなる」と思ってやってきた。でもきっと、ほんとはやせ我慢なんだと思う。ここで録音した音を子供のころから耳に刷り込まれてきたんだから。世界中のミュージシャン、エンジニアは、これを超えるためにどれだけの労力を使ってきたんだろうか。やっぱりここで録音したいなあ。黙っていてもあのサウンドになるんだったら、どれだけ素晴らしいんだろう。まあ今は機材も違うから同じ音はしないだろうけど、やっぱり何かあるんだと思うなあ。ここに来れただけで、このはしゃぎようだから、中で録音なんかしたら死んじゃうかもしれない。朝8時なのでスタジオはオープンしてない。まあどうせ入れないし。ぐすん。
さて横断歩道に来た。予想通り交通量も少ないけど、撮ってくれる人もいないじゃないか。アビーロードウェブカメラの俺のライブ映像!福山恭子が家でスクリーンショットしてた。https://www.abbeyroad.com/crossing
スタジオの写真を撮ってビートルズファン発見
お互い撮りっこしようぜと画策
まずはいい写真を撮ってあげた。さあこんどは俺の番!!!おいおい道の端っこからとるのかよ!
「真ん中行って撮ってくれないか」と言ったら、「危ないだろ!」と言い返された。ごもっとも。撮ってくれた写真を見返してちょっとがっくり
やっぱりちょっと違う。そこじゃないだろ!
日本人の方が少しずつ集まってきて、結局7人になりました。協力していただいた通りがかりのみなさん、ほんとにありがとうございました。
最終的に日本人7人の大集団にまでになる。みんな20代のビートルマニアでした。旅の情報交換したりして。楽しかったなあ。キャッキャしてる50代はさぞ気持ち悪かったでしょう。これからリバプールへ行くという一人旅の女の子もいました。みんなお達者で。
そうそう!これでしょ。
スタジオの横にはお土産物屋さんもできていました。横断歩道の男2人の日本人と仲良くなり、一緒に見て回りました。一人は音楽のミキサーエンジニアさんでした。貴重なマイクや機材やらたくさん展示してありました。マニアックな話で盛り上がります。浮かれているので結構お土産買ってしまった。
お土産物屋さんを出ると横断歩道にはもうたくさんの人がいてみんなで写真撮っています。団体客もいるようで、あたりはお祭り騒ぎです。土曜日だもんなあ。スタジオはオーケストラのレコーディングがあるのか、クラシック楽器を持った人たちが続々入っていきます。2時間もこのあたりにいたことになります。バカだよなあ。みんなにサヨナラしてまた一人で行きます。
有名なポールさんの家。スタジオから歩いて5分くらいのところにあります。この外観は昔から本や雑誌で何度も見ました。48年くらい住んでるということになります。今は住んでないのかな。割と普通の豪邸です。
セント ジョンズ ウッド駅にもどって、また地下鉄に乗って、隣の駅まで行きます。歩いても行けるん だが、オイスターカード使って乗れるのが楽しくてさ。さて次はベイカーストリート駅。シャーロック・ホームズで有名なベイカー街です。地下鉄のホームにもにもホームズの看板。結構グロいぞ。
Baker Street Station, Marylebone Road
有名なホームズさん
シャーロックホームズ博物館、ベイカーストリートの下宿跡です。ちゃんと原作通りの場所にあります。ものすごい行列。マニアなのでここは見逃せません。
シャーロック・ホームズ博物館 The Sherlock Holmes Museum221b Baker St, Marylebone, London NW1 6XE
二階からベイカーストリートを見下ろす図。NHKで80年代に放映していた「シャーロック・ホームズの冒険」が大好きでした。死んだ父親もホームズ大好きで本全部持ってたなあ。オープニングのこれを記憶から真似しようと試みましたが、全然違ってた(笑)これじゃブラインドから覗く「太陽にほえろ」のボスだよ。
たまらん、いっぱいいる。
1番悪い奴、モリアーティ教授もいました。
実在の人物じゃないのに原作通りの場所に博物館があるってすごいよなあ。デヴィッド・スーシェの「名探偵ポワロ」も大好きだったので、次はこっちも探してみたい。
入り口のお巡りさん(記念館の係の人)と
ビートルズの映画「A HARD DAY’S NIGHT(ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!)のオープニングに出てくる通りです。メリルボーン駅です。Marylebone Station
誰もいなかったので走ってみました。1人でこれはさすがにバカだよな。
ビートルズの映画「A HARD DAY’S NIGHT(ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!)のオープニングに出てくる通りです。ほとんどそなまま残ってる!メリルボーン駅の裏の通りなのですが、人っ子一人いません。三脚立てて写真を撮りました。まだ人が来ないので、走ってる写真を撮りました。まだ来ないので、動画も撮りました。(ロンドンマジックMVにでてくるやつね)。5回くらい走って疲れました。ジョージハリスンみたいに転んでやろうかと思いましたが、53歳が一人でやることではないなと思いやめました。一人すれ違いました。
映画にこの駅の中も出てくるのですが、これは改装されてたのかなあ。まあ50年前なんだからこれが当然なのだが。キオスクみたいなスタンドでホットサンドイッチを食べました。映画みたいに三角パックの牛乳でもあったらよかったんだけど。
ここからひたすら歩きます。Googleマップには行きたいところにとりあえず星印はつけたのですが、何の名所だかわからなくなってしまったので、とりあえず行ってみます。
リンゴ、 ポール、 ジミヘン 、ジョンが続けて住んでた家だそうです。34 Montagu Squareここでジョンとヨーコが浮気して裸のジャケット撮影して、ドラッグで逮捕された場所らしいです。
60年代のミュージシャンって今考えたら悪い奴ばっかりです(笑)アジトです。意外と小さいフラット。それが名所で看板になってるんだからすごい町だよ。
アップルブティック跡地。94 Baker St
1968年ビートルズが作ったアップルレコード。音楽以外にもいろいろやりたかったのか、ブティックを開店します。スウィンギング・ロンドン華やかな時代を象徴するようなサイケな壁画。ビートルズはレコードは売れましたが、ブティックはずさん経営のためあっという間に赤字経営に。ペイントはもうないけれど、建物自体はそのまま残ってます。
鳥なう
変わらないロンドンだけど、 変わっちゃったところもあるんだな。入れないので雰囲気だけでも。EMIの本社があったビルらしいです。ここで1stアルバムのジャケットを撮影したんですな。20 Manchester Square
ビートルズがロンドンに出てきて、4人で住んでたのがここらしいですな。結構立派な家ですな。57 Green St
写真撮り間違えた!このビルの右横の半分だけ写ってるビルが、ビートルズの初期にポールが居候してた女優ジェーン・アッシャーの実家。実家に4,5年居候ってすごいよな。ここでジョンと一緒にたくさん曲を書いたらしい。 WIMPOLE ST 57
ヘンデルとジミヘンのロンドンの家博物館です。時を隔てて同じところに住んでたのね。では行ってきます。Handel & Hendrix in London
入っていきなり、ジミヘンとヘンデルのコスプレ部屋がありました。
じゃぁヘンデルでしょ
なんとジミヘンの部屋が再現されています。歌詞やレコードコレクション、得意だったというモノポリーもちゃんとありました。 ♪wind cries mary
ヘンデルの「調子の良い鍛冶屋」。小学校の時に給食の時間によくかかってました。子供の頃、妹がピアノの発表会のために練習していたのを覚えています。俺は一番しか弾けません。今でもほんとに大好きな曲です。
もう一度アップルビル跡地に来ました。こんどは昼間なので映画のあの感じです。曇ってればもっと似てたのに。やっぱりここは離れがたいです。3 Savile Row
見上げれば屋上ライブ会場、足元を見つめればスタジオ跡です。
リージェントストリート。
きたー。やっと観光地らしいところにきました。土曜日なのですごく混雑しています。Big Ben
一番の観光地が国会議事堂ってすごいよなロンドン。学校のチャイムと同じあのメロディーが鳴り響きます。THE WHOのデビューアルバムMy Generationみたいな写真が撮りたくて、歩道のガードレールの上にスマホ立てかけてセルフタイマーで撮ったのだ。残念ながら場所はちょっと違ってたようだけど、まさか次のアルバムのジャケになるとは。
黄昏のロンドンタウンに来て、ウィングスの「黄昏のロンドンタウン」を口ずさんでみる。晴れ男なので、銀色の雨は降っていないけれど。
ビートルズのソロアルバムで最初に聞いたのが、ポールの「ロンドンタウン」。中2だった。最初にロンドンという街を意識したのが1曲目の「たそがれのロンドン・タウン」という曲でした。“Silver rain was falling down. Upon the dirty ground of london town”「銀色の雨が汚い地面に降り注ぐロンドンタウン」ていうとこ。汚れたロンドンの地面に銀色の雨が降るのかよ!かっちょいい!って思ってた中二。まさか福山恭子にLONDON MAGICで拾われるとは。
平日に行けばよかったロンドンアイ。めちゃめちゃ並んでた。Coca-Cola London Eye
そろそろ帰ろう。観光地のど真ん中でフィッシュアンドチップスも食ったし。
今日のおさらい。気がつけば夢中で12時間歩いてたことになるのか。どうかしてるよな。でも、いろんな人と会って、いろんなことを思い出して、いろんなことを考える、素晴らしい日になりました。一人旅って寂しいけどそこがいいんだよね。イギリス人は英語もろくにしゃべれない観光客にもとても優しいよ。
今ダブル福山のデビューシングルのジャケ案が届いて、ロンドンと厚木で大爆笑中です。これはすごい。楽しみに待っててください。ヨシキングのデザイナーさんです。
せっかくギター持ってきたのに、あんまり弾いてない。まぁホテルだし。思いっきりはできないからね。一弦が切れたので、張り替えたくらいか。あーもっとずっといたいなロンドン、もっと英語ができるようになりたい。俺今まで何やってたんだろう。あんだけビートルズ歌えるのに。
7日目 2/19 ロンドン
チューブと呼ばれる地下鉄。だいぶ慣れてきた。
バスを乗り継いできたのに、ピンクフロイド、絶賛解体中!ガーン!今日の観光地、一発目、あえなく撃沈。バターシー発電所。30年以上前に役目を終えて引退しているんだが、また観光名所として復活するみたいです。 ピンクフロイドの『アニマルズ』のジャケットです。
悲しいぜ
今度は電車。次はもう絶対ちゃんとした観光地に行く!
フレディ・マーキュリーさんの家。壁には落書きをしてもいいように、アクリル板が貼られていました。ボールペンじゃ書けないので、合掌して(笑)たっぷりお礼をしてきました。今も遺族が住んでいらっしゃるので、鎌倉の寺より警戒は厳重です。
猫も乗り越えられないな。
ロンドン自然史博物館
トリケラの頭
タテガミオオカミ。絶滅危惧種。red data friendsだよ。
これがドードー 絶滅動物
ステゴサウルス
ここはやばい!さすが世界最大。駆け足で見なきゃいけないのが実に辛い。ここはまた来なくちゃ。
これはオオウミガラス。「Miracle sky」に出てくる「ケルトのペンギン」とはこの子の事だよ。絶滅動物
ドードーの正面、初めて見たよ。
あ、インペリアルカレッジだ。道すがら発見。ブライアンメイの学校だ。「大学院では宇宙工学を研究しており、クイーンの活動中、研究を中断していたが、2007年から天体物理学の研究を再開し母校インペリアル・カレッジでの審査を通過して博士号を授与されている」だって。すごすぎる。
これが世界1有名なライブハウス、ロイヤルアルバートホールです。ロックのライブ盤と言えばここ!中見てみたかったなあ。
かの有名なバッキンガム宮殿。中には女王様がいるので入れません。
ウェストミンスター寺院。中に入れました
タワーブリッジ。高いほうの橋の床が透明アクリル張り!
ロンドン塔
夕闇もきれい
ロンドン塔とアイス。作りが雑!
こんなことしてたら、ロンドン塔の営業時間終わってしまった俺はほんとにバカだ。アイス髪の毛にくっついちゃってるし。
電車に犬乗せていい国なんて最高だな。何処に行ってもつい犬猫にはちょっかい出してしまいます。電車でホテルに戻る途中だったんだが、最後の最後に行先間違えて乗ってたんだよ。この時はまだ気付いてない。
最後くらいはレストランで豪勢になんて思ったんだが、ホテル前の屋台のホットサンドのにおいにつられて、つい買ってしまった。5ポンドだったかなあ。夜のラッセルスクエア公園で今日一日の行程を思い返しながら一人寂しく食べる。寂しいのもいいもんだよね。たまらなくいいよ。
長年の夢でしたからね。 やっと解決しました。 毎日夢中で歩いて探し回って、 1つずつクリアしていく内に、 自分の正体を思い出します。 猛烈に楽しくて1人で浮かれているのに、寂しさもあります。 一人旅だったので、 現在過去沢山の人が心の中に登場しました。 次に進みます。
カバンの中に入っていたチラシやお土産を整理しようとベッドにぶちまけたら、なんか絵になるなあなんて思ったのか、夜食用に買ったリンゴの周りに並べてみた。その後いろいろ重宝した写真。グラニースミスの青リンゴってアップルレコードのリンゴなんだよね。ポールがマグリットの絵を見て思いついたんだってさ。俺ってどこまでもビートルズオタクなんだなあと思ったイギリス最後の夜。リンゴは持って帰れないので、この後食べました。
ビートルズのアップルレコード
これがマグリットのリンゴ。
ロンドン、リバプール一人旅も終わりです。雨降らなかったし、ずっと暖かかったので、すごく助かりました。旅先で出会った優しい人達、ありがとうございました。思い残すことなしです。これから日本に帰ります。
2018.4.30
この旅行記書いて1年ほったらかしました。アルバムが出来上がったらすっかりアップするのすっかり忘れちゃってました。今更なんですがアップしておきます。
この時はまさか次のアルバムが『LONDON MAGIC』になるなんて思ってもみなかった。ギターも持って行ったので、旅行中に次のアルバム用に曲でも作れるかなと思っていたんだが、頭の中で流れているのは懐かしのブリティッシュ・ロックばかり。ただただ聖地巡りしただけで、音楽的な成果がゼロだったのはちょっと後ろめたかった。
イギリスに行く前に「LONDON MAGIC」の曲は大体出来ていたんだけど、もちろん歌詞はついてなかった。でたらめ英語で歌ったデモがあっただけ。候補にはなっていたんだけど、福山恭子がひとりこの曲を気に入っていて、実は俺は大して気に入ってなかった。後の大サビ「遠い空の下~」の部分もなかったし。
イギリスから帰ってから、いよいよアルバムの曲をまとめなきゃいけない時期、デモが「It’s a○○Magic」というでたらめ英語だったので、福山恭子は当初はマジシャンのストーリーを考えていたみたい。「すり減ったマイウェイ もう一歩前へ」はその時からあっただようだ。「It’s a London Magic」が出てきて、最初俺は「それはないだろう」「さすがにはずかしい」なんて言ってたなあ。でも続きの「In the London Streets」ていう言葉を俺が続けたら、福山恭子がこの書きかけの旅行記を元に書いてみるって言いだした。マジシャンのストーリーから福山芳樹のイギリス旅行にシフトしたみたい。大サビを付け足してほしいって言ったのは福山恭子。急いで大サビ作り足して新たにデモを作り直して。
3日後くらいに「LONDON MAGIC」の歌詞上がってきた。ラウンドアバウト、銀色の雨、青リンゴ、屋上、足元、Hello Goodbye、It’s been a hard day’s night、Twitterで書いたワードがそのまま出てくるじゃないか。でたらめ英語のデモほぼそのままの発音。大サビが泣けるじゃないか。1番の繰り返しが最後にもう一度出てくるんだけど、2番3番で情景を歌ったあとでは同じ言葉でもこんなに感情が違う。おれのビートルズ愛のすべてを代弁してくれるような、完璧な歌詞だよ。歌っていて我ながら泣けてくる。50代ビートルズオタクの希望の歌だよ。
ビートルズやロックに出会って35年、ロンドンリバプールにやっと行きました。こんなに好きだったのに「どうしてもっと早く来なかった」ってほんとにそうだよ。人生でもっと早く決着をつけてさっさと卒業するべき事だったのかもしれない。アビーロードも写真で見たとおり普通の横断歩道で、別に輝いているわけではないのに。でももう卒業することはできないだろう。今はそれがよかったと思ってる。音楽の謎なんて一生かかっても解けなくていいよ。その作業、研究が好きなだけなんだから。ロンドンのお土産は最高の歌詞の原型とジャケット写真、そしてこのMVだな。